相手に対して
出来なかったこと
やれなかったこと
失敗したことがあったとき、
その理由や事情を話しても、
自分の落ち度を正当化したり
責任から逃れようとしている
ように思えて
「言い訳」にしかならないから、
私はただ謝って、理由や事情は
あまり伝えようとしてこなかった。
事前に伝えられたら
それは「説明」になるけれど、
事後に伝える理由は
「言い訳」になってしまうって
思っていたから。
自分がやるべきことを
出来なかった以上
どんな事情があったとしても、
それで相手の信頼が
まったく損なわれないような、
「正当な理由」なんて
ほとんどないように思えていた。
それに、振り返れば
事前の少しの気遣いや行動で
回避できたことが多かったりする。
だから私は
相手に言い訳もしたくないし
人の言い訳も聞きたくなかった。
出来なかったこと
やれなかったこと
失敗したことに
向き合うことになるから、
知りたくない。
言いたくない。
聞きたくない。
「言い訳」は、そんな自分を
投影していたのかもしれない。
でも、こんなにも
「言い訳」が嫌いなのは
きっと私は
人の言い訳が嫌いなんじゃなくて、
出来なかった自分に
理由があったことを
自分が許してあげられたら、
「出来なかった、でも
事情があったんだよね」
そう自分に言うことすらも、
自分を甘やかしたり
責任から逃げたり
自分を正当化することのように
感じていたからかもしれない。
だからこれからは
言い訳でもなんでもいい。
「どうして出来なかったの?」
「本当は何があったの?」
「どうしたかったの?」
そうやって自分の内側を探って
そうなってしまった理由を、
誰でもない自分は聞いてあげたい。
知ってあげたいって思うんだ。
理由を知ることと
責任から逃げることは
きっと同じじゃない。
出来なかった自分にも
理由があったことを
自分が許してあげられたら、
いつか人の「言い訳」にも
耳を傾けられるようになると思う。
私はこれまで
出来なかったこと
やれなかったことの理由を探すことさえ、
「言い訳になる」
「自分を正当化することになる」
そう思っていたように感じる。
「言い訳」の意味を調べてみると、
今では、失敗や過失について事情を説明し
弁解する意味で使われることが多いけれど、
「物事の筋道を明らかにして説明すること」
という意味も、もともとある言葉。
「言い訳」という言葉そのものに、
私もずいぶんネガティブな意味を
重ねていた。
でも、出来なかったことにも
やれなかったことにも
きっと、そうなった「訳」がある。
その訳を自分の内側に探して、
「そうだったんだね」って
誰でもない自分が分かってあげること。
それは、自分を正当化したり
責任から逃げたりすることとは違う、
むしろ自分を知るために
とても大切なことなんじゃないかって思うんだ。
かわさきめぐみ|宇宙哲学家
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Eva et Lilit エヴァエリリト 代表。宇宙哲学家、スピリチュアルカウンセラー、神仏画家。宇宙の法則、感情、意識、形而上学、心理学、チャネリングを専門。スピリチュアル カウンセリング、オラクルカードリーディング、チャネリングメッセージ、エンジェルアロマテラピーの個人セッション。デザイナー歴20年以上。得意なことは浄化。宇宙の真理や神秘学、古神道、仏教、神様仏様、特に御釈迦様が大好き。















































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